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情報の真偽は自己責任☆
2006年08月16日 (水)
昨日の花火楽しかったです。

花火は、爆音が山に跳ね返って木霊するのと、空で爆ぜる様での多重刺激があると知りました。

アスファルトが暑かったです。
県民性ではないけれど、市民性がわかりました。
道端に茣蓙を引いて陣取ってるのがその表れでしょうか。

夜、友人に会いました。
6年ぶりぐらにあった人もいました。
みんな大変そうです。
深夜なのに、タイピングやらされました。
SEEDのタイピングゲームです。
無理やりです。
一部の声優がいないのは手抜きなのでしょうか。
KIRAとKIYA(私の昔のあだ名)が似ているのでギャラリーの声援に臨場感がありました。

うたわれるものを見ました。
耳が生えてる人が多かったです。

ゼロの使い魔をみました。
いとうのいぢさんは、ツンデレ作家だと確信しました。

NHKへようこそを見ました。
NHKって叫んでました。

ヘルシングを見ました。
アンデルセン神父(?)かっこよすぎです。
少佐かっこヨスです。

他にも見ました。

新旧様々ですが、古いものには新しいものへ生かされた源が。
新しいものには、古いものから良い所を集めた昇華が見れました。

ある人は、いった言葉ですが、
『この世のありとあらゆる事は既にやりつくされている』
『人間の想像することは全て起こりえる事実である』
『事実は小説より奇なり。小説は事実より一層に奇なり』

子供染みた夢物語は、熱意の冷めない者によってやがて現実となる。

現実に起こったことは、喜劇と悲劇に脚色されて伝説となる。

伝説は、脚色されて新たな現実への糧となる。

温故知新による無限ループ。

今まで出回った全ての思想と全ての書物と全ての法則を習得し、理解すれば自ずと全てが見えてくる。今後のことも視えてくる。

既に誰かが考えたこと、はたまた誰かがやったことだから。

「この作品って昔あったやつのパクリだろ?」

最初は、元ネタは、何だろうと考えても、所詮やりつくされた世の中だから元ネタの元ネタの元ネタがあってどこっからどこまで行くのやら。【ニワトリと卵のどっちが先か】なんて言うよりも、もっと別のことを考えたほうが建設的。

考えれば考えるだけ、面白いものはできますね。
昔の人とネタが被れば、はるか昔からでも同じ思考形態の人がいたと思って楽しみましょう。

他に誰も考えてないことならば、それは非常なことかもしれません。普通を踏まえた上で、ようやく異常が視えてくる。
視えたものを大切にしましょう。

ある人は言った。
『物事ができるのはただ、早いか遅いかだけ。
 生きているうちにできるようになるか、できないかのただそれだけ』

ではは。

P.S 明日から飼い殺し生活が再開。
  ここは気分一点、対象をツンデレと思って観察します。
  なんと言われようと、ツンデレです。
  皮肉を言われようと、機嫌が悪かろうと、脳内変換で面白  おかしくやってやります。
  そりゃぁ、もう心理学的に現象に命名しながら。
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