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2008年10月02日 (木)
ってなんですか?

よくあるテーマ。
月並みな疑問。

腱鞘炎が酷くて、眼精疲労が酷くて、肺が酷くて。
絵も描けず、文字も打てず、画面も見れずにただ安静。
寝ることしかできないから久しぶりに考え潜って考えた。

結果、見つけた答えは単純なものだった。
それは、『創作活動の設定を考えることが幸せ』だった。
完成形を考えて、登場人物と世界観を設定して、物語を創造する。
完成した作品が人を通じてさらなる変化を想像す。

それを考えるだけで、夢見るだけで、毎日が楽しいものだった。
そう、別に完成しなくとも。

――それが自分の幸せというものなんだと思う。

結局、答えは2年前の春先と同じもの。
『別に、現実に完成させなくとも、自分の中で完成したことにすればいい』。
考えた設定全てが全て、上手くいったと思い込む。

自分で愛でて、自分で楽しむ。
作成に関わる人為的災害もなく、製作における時間的問題もなく思いのままに完成する。
今思いついたことを表現しようと悪戦苦闘の末、劣化コピーを作るのでなく、最高の状態で保存する。

それは、自分に都合の良い妄想で自慰と呼ばれることかもしれない。
だけど、自分が作ろうと思ったものと違うものができる苦痛に比べたら。
作るのに時間をかけて、別のものを作る機会を逃す胸焼けに比べたら。
世間を選んで、評価を気にする煩わしさに比べたら。

――死んだほうがまし。

それが、『物書き』が自殺する理由じゃないかね?
『太宰治』や『芥川龍之介』なんかの『文字書き』は、自分の中で完成して死んだのだと――。

結局、全ての問いはとっくの昔に出した答えをなぞる。
やること成すこと、全てが全て過去に出した答えの検算。
認めようと、認めまいと出る答えは全部同じく既出のみ。

それは、ずっと、あの場に立ち止まっているからで。
成長してないからからで。
――とっくに終わってたからかもしれない。


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