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情報の真偽は自己責任☆
2007年11月29日 (木)
は決して治らない。













ガラスで深く開いた切り傷も。
回転するギアに引きちぎれた裂傷も。
アスファルトで擦り切れた傷も。
燃える鉄で焼けただれた炎症も。
蛆が湧くほど化膿した壊疽も。

些細な微々たる気にするまでもない傷であろうと、
死に至る眼を背けたくなるような傷でさえ、体にできた傷でなくとも。



心にできた傷なんて洒落なくとも。
物にできた傷でさえも。




それこそ関係なく、傷は治らない。

どれも決して治りはしない。


時間が経てば治るって?
肉が盛って治るって?
薬を飲めば治るって?










本当にそう思う?







時間が経てば、新しい肉と、血が盛って傷口を埋める。
薬を飲んで免疫をコントロールすれば、病気も治る。









本当にそう思ってる?









どんなに治ったように見えても、傷跡は残る。
元に戻ったようでも、患った痕が残る。

治ったように見えても、“歪”は残る。

骨を一度折れば、すぐ折れる。
怪我した箇所はまた怪我しやすくなる。

どんなに綺麗に治ったように見えても、そこにあるのは代替に過ぎないマガイモノ。

人でも物でも関係なく、代わりに過ぎない代替素材。


代替品は所詮、何かの代わり。
本物ではありはしない。
いくら似てても、失った本物に似せて作った偽物。

偽物なんて、“歪”なきっかけで音を上げる。
ぼろぼろと、乾いた泥のように剥がれて、落ちる。




“歪”に出会えばすぐに剥がれて、傷口を晒す裏切り者。





治ったと思うのは勘違い。
立ち直ったと思うのは思い上がり。
乗り越えたと言うのはただの強がり。



決して、消えはしない。
決して、治りはしない。

ただ、そう思って忘れるだけのこと。





傷口は見えなくなっているだけなのに。

――“歪”に出会えばすぐに開くのに。


ただ“歪”を忘れて生きるだけ――






“歪”な原因を忘れて生きるだけ。